« R.W.Loveless 氏 逝去 | トップページ | TOKYOスカイツリー 制覇!?? »

2010年9月19日 (日)

R.W.Loveless Bobさんを偲ぶ

R.W.Loveless Bobさんを偲ぶ

9月2日に、亡くなられたR.W.Loveless 氏 (Bobさん)を偲ぶ会が、9月18日お嬢さん(バレンダさん)のご自宅(Perris, CA )で行われ、参加させて頂きました。

Photo

ご家族と友人、コレクター、ナイフメーカーなど多数参加され、Bobさんの突然の死去を皆で悔やみました。
遠方ドイツからD.F.KRESSLER、日本からは相田義正・義人兄弟が参列されました。

Bobさんは、亡くなられて直ぐに火葬(cremation)にされた為、金属製のお茶のポットの様な容器に、お骨は納められていました。
3人のお嬢様に、分骨されたそうでハートのケースが3個置かれていました。

Photo_2

Photo_6

Bobさんの遺言で、ShopはパートナーのJimさん(Jim Merritt) が後を継がれ、Loveless Knifeの製作を継続されます。
Logoは、基本的にはBobさんのLogoを継承されるそうですが、若干変更し製作者が認識出来る様にされるそうです。

Photo_3

私のBobさんの思い出について話させて頂きます。
Bobさんとの最初の出会いは、1987年10月 Orange county,CA で行なわれたCalifornia Custom knife Show 88'です。
Loveless が、Knife Showに来る事を事前に知っていたので、有休をとって初日に行きました。
大きな会場の中を一目散で、Loveless の出品テーブルに向かったところ、そこにはポパイの創刊号でしか見たことが無かった本人が、居ました。
テーブルには、数本のLoneless Knife が・・・・・(涎
大緊張!! 
シンプルな英語で、"How much ?" と聞くと、
"$650" と答えが返ってきた。
何、$650!! 日本での価格は、35万円位なのに・・・
即、Utilityを購入しました!!。
"私の奥さんは日本人・神田の生まれだよ。"と話しかけてくれましたが、赴任してからまだ2ヶ月の私には、"Thank you"という言葉しか出ませんでした。

Rwl_utility

翌年、Losから3時間の距離のSolvang で行なわれたSolvang Custom Knife Show 89'で、Bobさんに再会しましたが、Bobさんのテーブルには、1本のKnifeも置かれていませんでした。
たどたどしい英語で、なぜKnifeが無いのか?と声を荒立てて聞くと、
"何処に住んでいるの?"
"Torranceなら、RiversideのShopまで来なさい" 
オーダーを受けてあげると、メモをくれました。

初めて訪れたShopで、何が欲しいのかと聞かれ、壁に置かれている多数のパターンから選んだのは、伝説のNew York special でした。
確か、世の中に数本しか存在していないはず ?! 
注文可能かな???と思いながら恐る恐る口に出してみると・・・・
返事は無いが、Bobさんは、単調に注文カードを書き始めました。
"やった!!"
次から次へと、製作に必要な質問をしてくれました。  
ハンドル材は?
マークは?
マークは裏表異なるマークをリクエストしたら、すかさず "No!!"と断られてしまいました。
さて、納期は何時になのかを聞いたら?
急に立ち上がり棚のキャビネットの扉を開いて見せてくれたのが、多数のオーダーリスト、何十年も待っている人が居るそうだ・・・
確かに奥の方にあるオーダーリストの紙は黄色く変色していました。
さて、帰国するまでにもらえると嬉しいのだが・・・・(汗)

その時、彼から聞いたのが、HONDAの大ファンであること。
今までに、60台あまりのMotorcycle と 車を所有されて、宗一郎さん(本田)とも会談したことがあるほど、HONDAが好きな方でした。
その様なバックグランドもあり、HONDAのエンジニアであった私を(家族も)とても可愛がってくれました。

Bobfami

彼のShopを訪れてから6年間、ほとんどの土曜日はRiversideのShopで、Bobさんと一緒に居ました。
朝10時にShopに着き、Bobさんが朝の日課である新聞をすべて読み終わるまで、私はShopの掃除を行い、日課終了したBobさんがその日の行動を教えてくれました。
Knife製作、時にはLong Beach のカメラ屋さんに、Shooting(Gun・Phot ) などなど行ないました。
私書箱に郵便物をpick up した帰りに、お昼ご飯を(中華・ギリシャ料理・スパゲティー・ハンバガーなど)ご馳走になりました。
色々学ばせて頂きました。

20001210_tery

帰国が決まり、悲しい別れをBobさんとした事、今でもBobさんの涙を忘れません。

Bob_me_1

日本では、新機種の開発業務を命ぜられ、アメリカにも出張する機会が多くありその度に、Bobさんに会いに行きました。
また日本のKnifeShowに来られた時は、Pentaxの博物館とHONDAの栃木研究所にも来所されF1のEng.を見学されました。
大宮にある、私のShopにも来てくれました。
6年間開発業務を行なっていましたら、2000年11月またLos駐在を命ぜられRiverside参りを再開することが出来ました。
お互いに年を取った為か、以前とは異なりActivityも少なくなり、ShopでDVDを見る機会が多くなりましたが、楽しい思い出を更に7年間作る事が出来ました。

Photo_4

Bobさんに、色々な事を教えて頂き、色んな業界に人にも合わせてくれました。
そのお陰で、沢山のアメリカの友人、日本のナイフメーカーの知り合いも出来ました。
沢山の思い出、スペシャルなプレゼント (カメラ・時計・Gun・Pen・Knife・Binocular他多数) も頂きました。

Img_7663_large_2

電話をかけた時の一声、"Hallo "と言っただけで、電話の向うからの声が優しくなる・・・
その声がこれから聞けないと思うと涙が出てしまいます。
私のアメリカのお父さん、それ以上の存在のBobさん、私の心に大きな穴が開いてしまいました。

Bobさんの奥様淑子さんが、Bobさんの最後の状態をそーと私に教えてくれました。
"Bobは、あなたからもらった帽子を被って亡くなっていたのよ"
その言葉を思い出すと今でも、涙が止まりません。

BobさんのトレードマークでもあったカラフルなCapが消耗してしまい、新たな入手に困っていたのを知っていたので、日本に帰国してから製作してくれる会社を調べ、カラフルな生地を日暮里・鎌田・池袋に探しに行き、スペシャルオーダーしたCapでした。

Bob

BobさんのPhilosophyは、HONDAのPhilosophy(宗一郎さん)と、通じる所があると思います。
私はHONDAのエンジニアでもあり、Micro Shopのエンジニアでもあると自負し、これからもBobさんの哲学を継承すると遺骨に誓ってきました。
有難うBobさん、冥福をお祈りいたします。

Photo_5

PS:
Bobさんと撮った沢山の写真(LEICA M6・PENTAX)を これからデジタル化を行い、思い出・Legend を皆様とShare したいと考えていますので、ご覧頂くと幸いです。

|

« R.W.Loveless 氏 逝去 | トップページ | TOKYOスカイツリー 制覇!?? »

R.W.Loveless_」カテゴリの記事

コメント

私も9月の上旬にJKGのホームページでBobさんがなくなったことを知りショックを受けました。親密な交流が有ったわけではありませんが10年ほど前にBobさんが来日した際に1度だけお会いしたことがある程度です。とても好意的に接してくださり、私の持っていたカメラに興味を持たれ少しだけお話をさせていただきました。それ以降Bobさんも高齢で日本に1度ぐらいしか来ていないのでお会いすることはありませんでしたが、マトリックスアイダの相田義正社長からBobさんの話は聞いていました。私はBobさんの考え方や生き方に共感を持ちとても尊敬しておりましたが、お亡くなりなったことをとても残念に思います。私に出来ることは10月に行われるJKGのナイフショーでBobさんの追悼会が行われるそうなので,追悼会に参加することぐらいしか出来ませんが、皆さんと一緒にご冥福を祈りたいと思います。もし今後機会が御座いましたらBobさんのことについてメール等でお話を聞かせていただけたら幸いです。

投稿: 朝倉義司 | 2010年10月 4日 (月) 16時22分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« R.W.Loveless 氏 逝去 | トップページ | TOKYOスカイツリー 制覇!?? »